2010年02月05日
「境港市」番外編
<ゲゲゲの鬼太郎>を見に行こう・と昨年(2009.12)境港市へ行きました。
古希を過ぎた<ひろさん>としては「なにをいまさら・」なんて言われるかも知れないけど、ただ子供っぽいと言うわけでもないのです(本人の言)
2007.12.18 足もとの美「日立市」で紹介したように、<街の中の彫刻>に興味を持っていたので(少し言い訳になりますけど・・・)決断した訳です。
午前5:05出発して浜松西ICへ入ったのが5:23。
あとは薄暗い東名高速を豊田JCT・東名阪亀山JCT・新名神高速・京滋バイパス・中国自動車道・米子自動車道経由で目的地境港市の<水木しげる記念館>まで522.7kmを愛車フォレスターでドライブしました。
途中工事などによる渋滞などに引っ掛かったりしましたけど、12:35には目的の駐車場に到着。そこから<水木しげる記念館>へと裏道を歩くと、この商店街の看板が最初に目に飛び込んできました。

記念館に入る前にまずは昼食と立ち寄った料理店で、この店の若い女性が勧めてくれた
<魚貝丼>を注文したのですが、日本海の新鮮な魚貝をイメージしていた<ひろさん>にはちょっとばかり後悔の残った昼食になってしまいました。
① <鬼太郎と目玉親父>

② 記念館の中で鬼太郎と握手して、恥ずかしくて顔が見せられない
<妖怪顔半分>になった<ひろさん>

③ 水木しげるロードのアーケードに吊るされていた街路灯<ねずみ男>

④ <目玉おやじ>

⑤ 水木しげるロードを歩くと早速妖怪たちが出迎えてくれます。
その中でもこれは迫力のある<鬼太郎>

⑥ ねずみ男と握手する<ひろさん> 顔が半分なのは、<妖怪顔半分>になったつもり

⑦ 振り返ってみた<水木しげるロード商店街>

⑧ 前を見た<水木しげるロード商店街>

⑨ 彫刻に目が引かれる道行く人

⑩ 鬼太郎電話BOX前で、ポーズを取る子供

⑪ 妖怪饅頭の看板が掲げられたお土産屋さん。

結局、ここで妖怪饅頭をお土産に買いました。
私たち夫婦は適当に切り上げましたけど、妖怪たちを全部見るには、2時間くらいは必要でしょうね、たぶん・・・。
古希を過ぎた<ひろさん>としては「なにをいまさら・」なんて言われるかも知れないけど、ただ子供っぽいと言うわけでもないのです(本人の言)
2007.12.18 足もとの美「日立市」で紹介したように、<街の中の彫刻>に興味を持っていたので(少し言い訳になりますけど・・・)決断した訳です。
午前5:05出発して浜松西ICへ入ったのが5:23。
あとは薄暗い東名高速を豊田JCT・東名阪亀山JCT・新名神高速・京滋バイパス・中国自動車道・米子自動車道経由で目的地境港市の<水木しげる記念館>まで522.7kmを愛車フォレスターでドライブしました。
途中工事などによる渋滞などに引っ掛かったりしましたけど、12:35には目的の駐車場に到着。そこから<水木しげる記念館>へと裏道を歩くと、この商店街の看板が最初に目に飛び込んできました。
記念館に入る前にまずは昼食と立ち寄った料理店で、この店の若い女性が勧めてくれた
<魚貝丼>を注文したのですが、日本海の新鮮な魚貝をイメージしていた<ひろさん>にはちょっとばかり後悔の残った昼食になってしまいました。
① <鬼太郎と目玉親父>
② 記念館の中で鬼太郎と握手して、恥ずかしくて顔が見せられない
<妖怪顔半分>になった<ひろさん>
③ 水木しげるロードのアーケードに吊るされていた街路灯<ねずみ男>
④ <目玉おやじ>
⑤ 水木しげるロードを歩くと早速妖怪たちが出迎えてくれます。
その中でもこれは迫力のある<鬼太郎>
⑥ ねずみ男と握手する<ひろさん> 顔が半分なのは、<妖怪顔半分>になったつもり
⑦ 振り返ってみた<水木しげるロード商店街>
⑧ 前を見た<水木しげるロード商店街>
⑨ 彫刻に目が引かれる道行く人
⑩ 鬼太郎電話BOX前で、ポーズを取る子供
⑪ 妖怪饅頭の看板が掲げられたお土産屋さん。
結局、ここで妖怪饅頭をお土産に買いました。
私たち夫婦は適当に切り上げましたけど、妖怪たちを全部見るには、2時間くらいは必要でしょうね、たぶん・・・。
2010年01月29日
足もとの美「浜松市」
昨年12月に、スピード違反の鼠取りに引っかかっちゃいました。
それで今年、免停30日の行政処分の通知が来たのです。
呼び出し状には<免許証を持って車に乗らないで出頭せよ>とありました。
やむなく新浜松駅から、遠鉄電車で小松駅まで行って、それから<西部免許センター>まで歩くという選択をしたと言う訳です。
当日の朝、<バスで浜松駅まで出る>という心算で自宅を出た途端に、目の前をバスが通り過ぎて行っちゃっいました。
<何か不吉な予感>を覚えました。
でも<次のバスが来るまで10分間待つ>という事が出来ない性分で、
「せっかち・」といつも妻に罵倒されている私です。
頭の中では「10分あれば半分まで行く・」とすぐに計算しちゃうものですから、この日も<歩く>ことを選択しました。
いつも車で通り過ぎてしまう新幹線高架下の、福祉会館横の道路を歩き出したのですが、お蔭で、出掛けの不吉な気分は一気に吹き飛びました。
その原因は、このマンホールです。

携帯のカメラですので、画像が少々よろしくないですが<一日講習に行く>という重い気分の優れない朝のはずなのですが、すっかり消えていました。
小松駅を降りて<西部免許センター>まで歩くという当初の計画通り、すべて順調に進んでいたその上に<センター>少し前で、またまた僕を嬉しがらせてくれるマンホールを発見したのです。

これがそうですけど、携帯電話のカメラに慣れていない所為か、それとも別の要員があったのかも知れませんが、兎に角判明できないほど画像が悪いので、自分でも納得できないとばかり日を改めて撮影にドライブしました。
それがこれです。

それで今年、免停30日の行政処分の通知が来たのです。
呼び出し状には<免許証を持って車に乗らないで出頭せよ>とありました。
やむなく新浜松駅から、遠鉄電車で小松駅まで行って、それから<西部免許センター>まで歩くという選択をしたと言う訳です。
当日の朝、<バスで浜松駅まで出る>という心算で自宅を出た途端に、目の前をバスが通り過ぎて行っちゃっいました。
<何か不吉な予感>を覚えました。
でも<次のバスが来るまで10分間待つ>という事が出来ない性分で、
「せっかち・」といつも妻に罵倒されている私です。
頭の中では「10分あれば半分まで行く・」とすぐに計算しちゃうものですから、この日も<歩く>ことを選択しました。
いつも車で通り過ぎてしまう新幹線高架下の、福祉会館横の道路を歩き出したのですが、お蔭で、出掛けの不吉な気分は一気に吹き飛びました。
その原因は、このマンホールです。

携帯のカメラですので、画像が少々よろしくないですが<一日講習に行く>という重い気分の優れない朝のはずなのですが、すっかり消えていました。
小松駅を降りて<西部免許センター>まで歩くという当初の計画通り、すべて順調に進んでいたその上に<センター>少し前で、またまた僕を嬉しがらせてくれるマンホールを発見したのです。

これがそうですけど、携帯電話のカメラに慣れていない所為か、それとも別の要員があったのかも知れませんが、兎に角判明できないほど画像が悪いので、自分でも納得できないとばかり日を改めて撮影にドライブしました。
それがこれです。
2010年01月22日
足もとの美「白浜」
2009.10月に、道成寺の山門階段下で見つけたマンホールを紹介しましたが、
これはその後足を伸ばして白浜へ入って、<円月島>を撮影するため路肩に寄ったところ見つけたものです。

目的が<円月島>だったのですが、新しいマンホールを見つけた途端に僕の頭の中は、
ちょくちょく本末逆転することがあります。
このときも正にその逆転した瞬間でも合ったのです。
というわけで本末逆転してしまった<円月島>も紹介しておきます。

これはその後足を伸ばして白浜へ入って、<円月島>を撮影するため路肩に寄ったところ見つけたものです。
目的が<円月島>だったのですが、新しいマンホールを見つけた途端に僕の頭の中は、
ちょくちょく本末逆転することがあります。
このときも正にその逆転した瞬間でも合ったのです。
というわけで本末逆転してしまった<円月島>も紹介しておきます。
2010年01月15日
日米修交記念館と海金剛
「南紀白浜の<海金剛>という場所を見たいものだ」・と想うようになったのは、TVの映像を見たのがキッカケでした。それから一年以上経過したのですが、昨年9月におかげ様で実現できました。
9月12日、少し手前の<すさみ(周参見)>で一泊しましたが、翌13日に浜松からおよそ530キロ地点の<海金剛>へ到着です。
最初に目に入ったのが下の写真<日米修交記念館>の建物です。

入ってみると客は僕ら夫婦以外誰もいません。
久しぶりの客だった所為かどうかはわかりませんが、受付の女性(少しお年を重ねていました)が、<日米修交>について、親切に説明してくれるのです。
僕は<海金剛>が気になって、折角の親切が、ちっとも頭に入らなかったのですが、僕の目が捕らえた珍しいものがありました。<海金剛>の前に紹介いたします。
13条13星

13条15星

13条50星

親切な女性から解放されたとき
「屋上で見えた景色が<海金剛>ですか」・・・と聞いてみたのです。
「あれは違います。海金剛はあそこの道を入ったら、すぐ見えます」と教えてくれました。
僕たち夫婦が見たかった<海金剛>がこれです。



こちらは記念館の屋上から見た景色です。

いずれ劣らぬ絶景で満足できました。
9月12日、少し手前の<すさみ(周参見)>で一泊しましたが、翌13日に浜松からおよそ530キロ地点の<海金剛>へ到着です。
最初に目に入ったのが下の写真<日米修交記念館>の建物です。
入ってみると客は僕ら夫婦以外誰もいません。
久しぶりの客だった所為かどうかはわかりませんが、受付の女性(少しお年を重ねていました)が、<日米修交>について、親切に説明してくれるのです。
僕は<海金剛>が気になって、折角の親切が、ちっとも頭に入らなかったのですが、僕の目が捕らえた珍しいものがありました。<海金剛>の前に紹介いたします。
13条13星
13条15星
13条50星
親切な女性から解放されたとき
「屋上で見えた景色が<海金剛>ですか」・・・と聞いてみたのです。
「あれは違います。海金剛はあそこの道を入ったら、すぐ見えます」と教えてくれました。
僕たち夫婦が見たかった<海金剛>がこれです。
こちらは記念館の屋上から見た景色です。
いずれ劣らぬ絶景で満足できました。
2010年01月08日
「足もとの美」佐渡
おめでとうございます。
今年も“ぼちぼちブログをはじめます”のでよろしく・デス。
次男のパートナーのご両親が、昨年5月に“大阪の友達のところへ行く”と言って車で出かけた。ところが途中名古屋の手前で、その友達から
「俺は佐渡へ行くので、そっちへ回らないか」という電話が入った。
「ああいいよ」・・・と
「名古屋から新潟へ回って、佐渡島へ行ってきた」・・・と言って奥様と二人でお土産を持ってきてくれた。
その時
「綺麗なマンホールを見つけたので写真を撮った・・整理できたら届ける」・・・と言ってくれた。
<僕の趣味を、頭の隅においてくれているのだ>・と言うことが、僕はすごく嬉しかった。
そしてもう一つは、この蓋が
<素晴らしいデザインで、僕が気に入った>・と言う事でもあった。
何とも嬉しい事なので、年の初めに紹介することにします。


デザインされているのは、朱鷺(トキ)鴇(トキ)だと思うが、どちらの文字が適当なのか?
今年も“ぼちぼちブログをはじめます”のでよろしく・デス。
次男のパートナーのご両親が、昨年5月に“大阪の友達のところへ行く”と言って車で出かけた。ところが途中名古屋の手前で、その友達から
「俺は佐渡へ行くので、そっちへ回らないか」という電話が入った。
「ああいいよ」・・・と
「名古屋から新潟へ回って、佐渡島へ行ってきた」・・・と言って奥様と二人でお土産を持ってきてくれた。
その時
「綺麗なマンホールを見つけたので写真を撮った・・整理できたら届ける」・・・と言ってくれた。
<僕の趣味を、頭の隅においてくれているのだ>・と言うことが、僕はすごく嬉しかった。
そしてもう一つは、この蓋が
<素晴らしいデザインで、僕が気に入った>・と言う事でもあった。
何とも嬉しい事なので、年の初めに紹介することにします。


デザインされているのは、朱鷺(トキ)鴇(トキ)だと思うが、どちらの文字が適当なのか?
2009年12月25日
竜串ダア・!
ついに2009年も今日のクリスマスが過ぎると、一気に大晦日に突入しちゃいます・・・という世相とは無関係かもしれないブログを掲載して、私の一年間のブログをお終いにしたいと思います。
2006年の10月に四国へ旅行したことがあります。
高知県の最南端の潮岬から少し西になりますが“竜串”という所があります。ここで遊覧船で沖合いの島へ渡してもらうと、なんとそこは“宇宙基地”かと錯覚しちゃうのです。
① この写真は、しばらくの間“ユーフォ”だと思い込んでいたのですが、最近見直してみているうちに“鮟鱇”が口をあけて餌を待ち構えているように見えてきました。

小さな目が可愛い・・・って見えますか?
② これも最初は“ユーフォ-2”だと命名していたのですけれど、
“ゲゲゲの喜太郎”を見に、境港市へ行って来た所為かもしれないのですが、
“鼻無し妖怪”だと感じるようになりました。

目だけが、何かを見つめている・・・って僕には感じるのです。
③ これは誰が見ても“絶壁を登る海亀”でしょう・・・

「エッチラ・コッチラ」などと掛け声掛けながらの山登りです。
「頑張れや」と声かけて激励してあげましょう。
④ 遠くから見ると
“わかくみえる我が妻”を撮りましたが、後で気付いたのですが、宇宙人が舌を出して薄ら笑いをしていたのです。

「舌の上に立っている妻が食べられちゃう」・・・
という恐怖感が湧かないのはどうしてでしょう(アーア、言っちゃった)・・・?
皆さん
「良いお年をお迎え下さい。 来年もよろしくデス」
2006年の10月に四国へ旅行したことがあります。
高知県の最南端の潮岬から少し西になりますが“竜串”という所があります。ここで遊覧船で沖合いの島へ渡してもらうと、なんとそこは“宇宙基地”かと錯覚しちゃうのです。
① この写真は、しばらくの間“ユーフォ”だと思い込んでいたのですが、最近見直してみているうちに“鮟鱇”が口をあけて餌を待ち構えているように見えてきました。
小さな目が可愛い・・・って見えますか?
② これも最初は“ユーフォ-2”だと命名していたのですけれど、
“ゲゲゲの喜太郎”を見に、境港市へ行って来た所為かもしれないのですが、
“鼻無し妖怪”だと感じるようになりました。
目だけが、何かを見つめている・・・って僕には感じるのです。
③ これは誰が見ても“絶壁を登る海亀”でしょう・・・
「エッチラ・コッチラ」などと掛け声掛けながらの山登りです。
「頑張れや」と声かけて激励してあげましょう。
④ 遠くから見ると
“わかくみえる我が妻”を撮りましたが、後で気付いたのですが、宇宙人が舌を出して薄ら笑いをしていたのです。
「舌の上に立っている妻が食べられちゃう」・・・
という恐怖感が湧かないのはどうしてでしょう(アーア、言っちゃった)・・・?
皆さん
「良いお年をお迎え下さい。 来年もよろしくデス」
2009年12月18日
「わがやのアロエ」
11月1日 「わがやのアロエ」に花芽がついているのを発見しました。

11月9日 この1週間ほどで花芽は、コブラが鎌首を持ち上げているようになりました。

11月26日 コブラの鎌首みたいだったところに、赤みが増してきました。

12月7日 花らしくなってきました。

12月18日 朝食堂の窓から覗いたら、見事に咲いた花が目に飛び込んできましたので、早速撮りました。


「わがやのアロエ」・・・が咲きました。
11月9日 この1週間ほどで花芽は、コブラが鎌首を持ち上げているようになりました。
11月26日 コブラの鎌首みたいだったところに、赤みが増してきました。
12月7日 花らしくなってきました。
12月18日 朝食堂の窓から覗いたら、見事に咲いた花が目に飛び込んできましたので、早速撮りました。
「わがやのアロエ」・・・が咲きました。
2009年12月11日
足もとの美「岡崎デンパーク」その②
一年前、(2008年12月13日)
足もとの美「岡崎デンパーク」の会場に入って何よりも早く見つけたのが、
この(少し錆びてはいるが新しい)マンホールの蓋であった。
と、これを紹介したけれど、

こちらはもっと錆びているけど、
紛れも無く「岡崎デンパーク」の中で同じ日に撮影したものです。

七夕様の竹のお飾りでしょうか、結構細やかなデザインですが、
入館者が歩く通路にあったらもう少し靴底などに磨かれて見応えしたかもしれません。
(一度に紹介できなかったのは、いつも言っているように私のファイル能力の乏しさからくるものです)
足もとの美「岡崎デンパーク」の会場に入って何よりも早く見つけたのが、
この(少し錆びてはいるが新しい)マンホールの蓋であった。
と、これを紹介したけれど、

こちらはもっと錆びているけど、
紛れも無く「岡崎デンパーク」の中で同じ日に撮影したものです。

七夕様の竹のお飾りでしょうか、結構細やかなデザインですが、
入館者が歩く通路にあったらもう少し靴底などに磨かれて見応えしたかもしれません。
(一度に紹介できなかったのは、いつも言っているように私のファイル能力の乏しさからくるものです)
2009年12月07日
「番外編」
「番外編」
たぶん顰蹙を買うことになるのだろうが、最近のニュースに思うことを書いてみました。
それは、沖縄の米軍基地の問題です。
政府の考え方も、首相の考え方も、沖縄の皆さんの考え方も
「それぞれ、それなりに」・・・何処かのフィルムのコマーシャルみたい。
そこで顰蹙(ヒンシュク)を買うだろう異見(あえて意見ではない)を述べることにします。
① 米軍基地を成田空港へ引っ越す。
成田周辺は観光客相手ではこれ以上発展などしないと思うし、羽田との確執も解消できると思うし、
何より防空安全上でも
(観光客には不便でも空軍には都心に近くて、よろしいのではないか)と思うのです。
この原稿を書いていたら、今日(2009.12.7)の昼の番組で、大阪府“はしもと知事”が関西空港で受け入れを考えてもいい・・みたいなニュースが流れたので、俺だけじゃなかったと少し安心したのでブログに乗せる決心をしました。
② ヘリコプター基地は静岡空港へ引っ越す。
霧の発生で欠航が多い空港で、自然の悪天候も空軍のヘリ訓練には、願っても無い環境になるし、何より赤字が心配という懸念も解消される・・・と思います。
静岡や千葉だけでなく赤字続きの地方空港を抱える県知事さんは、積極的に考えたら如何でしょうか?
もともと滑走路はあるのだから騒音の心配はないし、隊員の宿舎の心配をすればすむ話ですから、引越し費用も少なくて何より・・・とは思いませんかねえ・・・?
たぶん顰蹙を買うことになるのだろうが、最近のニュースに思うことを書いてみました。
それは、沖縄の米軍基地の問題です。
政府の考え方も、首相の考え方も、沖縄の皆さんの考え方も
「それぞれ、それなりに」・・・何処かのフィルムのコマーシャルみたい。
そこで顰蹙(ヒンシュク)を買うだろう異見(あえて意見ではない)を述べることにします。
① 米軍基地を成田空港へ引っ越す。
成田周辺は観光客相手ではこれ以上発展などしないと思うし、羽田との確執も解消できると思うし、
何より防空安全上でも
(観光客には不便でも空軍には都心に近くて、よろしいのではないか)と思うのです。
この原稿を書いていたら、今日(2009.12.7)の昼の番組で、大阪府“はしもと知事”が関西空港で受け入れを考えてもいい・・みたいなニュースが流れたので、俺だけじゃなかったと少し安心したのでブログに乗せる決心をしました。
② ヘリコプター基地は静岡空港へ引っ越す。
霧の発生で欠航が多い空港で、自然の悪天候も空軍のヘリ訓練には、願っても無い環境になるし、何より赤字が心配という懸念も解消される・・・と思います。
静岡や千葉だけでなく赤字続きの地方空港を抱える県知事さんは、積極的に考えたら如何でしょうか?
もともと滑走路はあるのだから騒音の心配はないし、隊員の宿舎の心配をすればすむ話ですから、引越し費用も少なくて何より・・・とは思いませんかねえ・・・?
2009年12月04日
足もとの美「八日市市愛東町」
安土城跡と石塔寺を見て百済寺へ向かう途中で、僕を追い抜いた車がパトカーに捕まった。
そのパトカーが僕にも止まれという。
「何だよ・・・」と少しむかっ腹が立ったが、やむなく止まった。
「追い越し禁止区域で追い越した出巣ですよね!」
「証人になってください」・・・ということであった。
「いいですよ・・・」
こんなやり取りをしたお蔭で、走るリズムが少し変わったのでしょうか、これが見つかったのです。

そのパトカーが僕にも止まれという。
「何だよ・・・」と少しむかっ腹が立ったが、やむなく止まった。
「追い越し禁止区域で追い越した出巣ですよね!」
「証人になってください」・・・ということであった。
「いいですよ・・・」
こんなやり取りをしたお蔭で、走るリズムが少し変わったのでしょうか、これが見つかったのです。

2009年11月27日
足もとの美「飛騨・古川町」
家族で上高地へ旅行したことがありました。
安房トンネルを経由して白川郷へ向かう途中でこの町に立ち寄ったことは
“日本の蔵その5 ”<白壁土蔵街>で紹介しましたが、
このマンホールが突然目に飛び込んできたのは、
<白壁の土蔵街と疎水に泳ぐ鯉>に、最近の分譲地などでは味わうことが出来ない安らぎを感じながら、横断歩道を渡って駐車場へ戻ろうとしたときでした。

4つの菖蒲らしき花と、剣らしき組み合わせ(違うかも・・)が力強く見えます。
安房トンネルを経由して白川郷へ向かう途中でこの町に立ち寄ったことは
“日本の蔵その5 ”<白壁土蔵街>で紹介しましたが、
このマンホールが突然目に飛び込んできたのは、
<白壁の土蔵街と疎水に泳ぐ鯉>に、最近の分譲地などでは味わうことが出来ない安らぎを感じながら、横断歩道を渡って駐車場へ戻ろうとしたときでした。

4つの菖蒲らしき花と、剣らしき組み合わせ(違うかも・・)が力強く見えます。
2009年11月20日
足もとの美「大阪」
大阪港の近くのテクノポート線の“コスモスクエア”という駅が出来ると、まもなく三井ホーム大阪本社がこちらへ移転しました。
最初に会議でここへ出向いたときは、カメラを持っていなくて
「シマッタ!」と臍をかんだものでした。
「この次は必ずカメラを持参するぞ」・・・と固く誓ったものでした。
そのお蔭かどうかは別にして、まもなく2度目のチャンスがまわってきました。
駅と会議場との距離1キロほどの中で、この二枚をゲットできたのです。

デザインの基本は同じだけれど表現が微妙に違います。
どちらがいいとか、どちらが駄目とか裁定するものではありませんけれど、僕はこちらの方が力強く感じて好きです。

ちなみにこれは移転前の旧本社前でゲットしたもので、デザインとしてはとりわけ目を引くものではありませんが、時の経過が解る(1993年の製作年が刻まれています)ような比較が出来て面白いと思って掲載することにしました。

最初に会議でここへ出向いたときは、カメラを持っていなくて
「シマッタ!」と臍をかんだものでした。
「この次は必ずカメラを持参するぞ」・・・と固く誓ったものでした。
そのお蔭かどうかは別にして、まもなく2度目のチャンスがまわってきました。
駅と会議場との距離1キロほどの中で、この二枚をゲットできたのです。

デザインの基本は同じだけれど表現が微妙に違います。
どちらがいいとか、どちらが駄目とか裁定するものではありませんけれど、僕はこちらの方が力強く感じて好きです。

ちなみにこれは移転前の旧本社前でゲットしたもので、デザインとしてはとりわけ目を引くものではありませんが、時の経過が解る(1993年の製作年が刻まれています)ような比較が出来て面白いと思って掲載することにしました。

2009年11月13日
足もとの美「名古屋市」
20年ほど前、弥富町の“Iさん”にお世話になった時期がありました。
都合20往復は下るまいと思うのですが、この間一度もマンホールを目にしなかった・というか、気にもしていなかったというのが本当かもしれません。
この日、東名高速名古屋ICを出て、本山の交差点で左折して名古屋大学方面へ行く必要があったから、東山公園を過ぎた頃から左側に寄せて走るようにしたのです。
ところが、道路工事の渋滞につかまり、いらいらしながら左側へ寄せて徐行せざるを得なかったのです。
普通に走っていればたぶん見つけること無しに終わっていただろうと思うのですが、正にそのお蔭かな・歩道にこれを見つけたのでした。

めぐり合いの不思議というものでしょうね。
2009年11月06日
足もとの美(1998.8.11)
1998.8.11
「丹生川村」
この年上高地から岐阜県の白川郷へ行こうとしていました。
安房トンネルを出て、R-158添いの“朴の木平スキー場”下にレストランを見つけたので、昼食のため立ち寄ることにしました。
この決断の結果、この素敵なマンホールの蓋を発見することになったのでした。

(雷鳥らしき鳥のデザインが好きです)
「岐阜県・白川郷」
合掌造りの白川郷で一泊してみたいという思いを長いこと持っていたのでしたが、願い叶ったのがこの年でした。
妻と、息子(二男)と私の三人の旅でした。
今夜は“民宿利兵衛”にお世話になるということで、チェックインを済ませた後、夕食前の散歩に出たときこの蓋(合掌の屋根がデザインされている)を発見できました。

「丹生川村」
この年上高地から岐阜県の白川郷へ行こうとしていました。
安房トンネルを出て、R-158添いの“朴の木平スキー場”下にレストランを見つけたので、昼食のため立ち寄ることにしました。
この決断の結果、この素敵なマンホールの蓋を発見することになったのでした。

(雷鳥らしき鳥のデザインが好きです)
「岐阜県・白川郷」
合掌造りの白川郷で一泊してみたいという思いを長いこと持っていたのでしたが、願い叶ったのがこの年でした。
妻と、息子(二男)と私の三人の旅でした。
今夜は“民宿利兵衛”にお世話になるということで、チェックインを済ませた後、夕食前の散歩に出たときこの蓋(合掌の屋根がデザインされている)を発見できました。

2009年10月30日
“欄の花”
今年も我が家の“欄の花”が咲きました。
気付いたときに写真を撮り始めたのですが、気付いたら、つぼみが伸び始めてから咲くまでの経過が見えるようになっていたので、息抜きになるかなと思って紹介することにしました。
2009.9.27

2009.10.09 隣に新芽が出ました。

2009.10.12

2009.10.14

2009.10.15

2009.10.18 見所かな?

2009.10.23 散り始めです。

2009.10.25 代替わりです。

「まおらん」・・と覚えこんでいますが、本当の名前は違うのかもという不安の気持ちを持っているので、知っている人いましたら教えていただけたら幸いです。
気付いたときに写真を撮り始めたのですが、気付いたら、つぼみが伸び始めてから咲くまでの経過が見えるようになっていたので、息抜きになるかなと思って紹介することにしました。
2009.9.27

2009.10.09 隣に新芽が出ました。

2009.10.12

2009.10.14

2009.10.15
2009.10.18 見所かな?
2009.10.23 散り始めです。
2009.10.25 代替わりです。
「まおらん」・・と覚えこんでいますが、本当の名前は違うのかもという不安の気持ちを持っているので、知っている人いましたら教えていただけたら幸いです。
2009年10月23日
日本の屋根 その5
五個荘「弘誓寺」
「近江商人の館を一度この目で見てみよう」・というのが目的で走って来たのでした。
そういうわけで、このお寺を訪ねる心算はまったく無かったのです。
ところが、カーナビが古い所為か、彼方此方振り回されてしまいました。
車を降りて
「たぶんこのあたりだろう」・・と狙いをつけて歩いたところに、このお寺があった・というわけです。


期待していなかっただけに、山門から首を突っ込んでこの腰屋根が目に飛び込んで来た時には少なからず歓喜したものです。
「近江商人の館を一度この目で見てみよう」・というのが目的で走って来たのでした。
そういうわけで、このお寺を訪ねる心算はまったく無かったのです。
ところが、カーナビが古い所為か、彼方此方振り回されてしまいました。
車を降りて
「たぶんこのあたりだろう」・・と狙いをつけて歩いたところに、このお寺があった・というわけです。
期待していなかっただけに、山門から首を突っ込んでこの腰屋根が目に飛び込んで来た時には少なからず歓喜したものです。
2009年10月16日
日本の屋根 その4
妙喜庵(国宝待庵)
私はここ“待庵”に二度来ているのです(正確にいうと“・・の前まで”)。
一度目は、妻と、桂離宮を見に来たとき。
「ついでに寄ってみよう」・と気楽に来たのでしたが、見ることは叶わなかったです。
ここも桂と同じで“宮内庁の許可が必要だった”・からでした。
二度目は、やはり妻と二人で“アサヒビール大山崎の美術館”を見に来たときです。
(このときは美術館の駐車場が無いので、駅の近くの駐車場へ車を停める必要があったからです)・が・・・。
「えっ・“待庵”の前ジャン」・と驚いた
(駐車場へ入る直前まで、全然予想していなかった)ものでした。
と・言う訳で、二度とも“待庵”を観ることは叶わなかったのですが、その代り二度ともこの腰屋根を見て私一人は、歓心したものでした。

これは 妙喜庵を大山崎駅前の道路から撮影したものです。

大山崎町の歴史資料館であることのお知らせ看板と、
許可書がない人は入館できない(すごくむなしい思いにさせられる)旨の標示板がたちはだかっている妙喜庵の正面入り口。
ここから入館出来た人しか「千利休の待庵」は見られない。
私はここ“待庵”に二度来ているのです(正確にいうと“・・の前まで”)。
一度目は、妻と、桂離宮を見に来たとき。
「ついでに寄ってみよう」・と気楽に来たのでしたが、見ることは叶わなかったです。
ここも桂と同じで“宮内庁の許可が必要だった”・からでした。
二度目は、やはり妻と二人で“アサヒビール大山崎の美術館”を見に来たときです。
(このときは美術館の駐車場が無いので、駅の近くの駐車場へ車を停める必要があったからです)・が・・・。
「えっ・“待庵”の前ジャン」・と驚いた
(駐車場へ入る直前まで、全然予想していなかった)ものでした。
と・言う訳で、二度とも“待庵”を観ることは叶わなかったのですが、その代り二度ともこの腰屋根を見て私一人は、歓心したものでした。

これは 妙喜庵を大山崎駅前の道路から撮影したものです。

大山崎町の歴史資料館であることのお知らせ看板と、
許可書がない人は入館できない(すごくむなしい思いにさせられる)旨の標示板がたちはだかっている妙喜庵の正面入り口。
ここから入館出来た人しか「千利休の待庵」は見られない。
2009年10月10日
日本の屋根 その3
倉敷
出雲大社からまっすぐ浜松へ帰ったら少々心残りになるだろうと、倉敷の大原美術館を見ることにしたのが2000年の7月22日でした。
前日宿泊した湯原温泉の“花屋敷”をAM8:30に出発して、美術館周辺の美観地区へ着いたのがAM10:00でした。
これが大原美術館本館です。

これは本館横の事務棟の道路側からの姿です。

橋の欄干-1

花崗岩に、線彫り彫刻が施されているところが、僕の目に留まりました。
橋の欄干-2

線彫り彫刻が施されていることよりも、花崗岩を曲線に加工している事に“贅”を強く感じました。
美観地区の全景-1

右手に見えるのは川の畔の柳です。
美観地区の全景-2

右端の建物の屋根に惹きつけられました。
アップです。

建物の名前には興味が無かったのですが、“空飛ぶジュータン”がこの屋根の上に飛んで来そうな夢が、いっぱい詰まっているように感じたものです。
前回
追伸:ひょっとすると来週からしばらくブログを休むかもしれません。
その時は再開を期待して貰って、しばらくそれまでごめんなさい。・・・とお知らせしましたけど、心配ごとが少し遠ざかったので再開することになりました。
出雲大社からまっすぐ浜松へ帰ったら少々心残りになるだろうと、倉敷の大原美術館を見ることにしたのが2000年の7月22日でした。
前日宿泊した湯原温泉の“花屋敷”をAM8:30に出発して、美術館周辺の美観地区へ着いたのがAM10:00でした。
これが大原美術館本館です。

これは本館横の事務棟の道路側からの姿です。

橋の欄干-1

花崗岩に、線彫り彫刻が施されているところが、僕の目に留まりました。
橋の欄干-2

線彫り彫刻が施されていることよりも、花崗岩を曲線に加工している事に“贅”を強く感じました。
美観地区の全景-1

右手に見えるのは川の畔の柳です。
美観地区の全景-2

右端の建物の屋根に惹きつけられました。
アップです。

建物の名前には興味が無かったのですが、“空飛ぶジュータン”がこの屋根の上に飛んで来そうな夢が、いっぱい詰まっているように感じたものです。
前回
追伸:ひょっとすると来週からしばらくブログを休むかもしれません。
その時は再開を期待して貰って、しばらくそれまでごめんなさい。・・・とお知らせしましたけど、心配ごとが少し遠ざかったので再開することになりました。
2009年10月09日
足もとの美
和歌山県「川辺町」

この写真は和歌山県の“道成寺”の山門です。
この石段の数62段です(登りながら数えたので2~3段は違っているかも)。
この山門を潜ると本堂がありますが、今日の話はお寺でなくて、この石段を登ろうとした時発見したマンホールの蓋です。

最初に見つけたカラーの蓋です。

少し離れたところにあったデザインは同じですが少し小ぶりのものでした。
これら2枚を見つけたとき、顰蹙を買うかもしれませんが
「お寺の拝観はどうでも良くなっちゃった」・・・というのが本音でした。
一寸蛇足みたいですが、本堂です。

この写真は和歌山県の“道成寺”の山門です。
この石段の数62段です(登りながら数えたので2~3段は違っているかも)。
この山門を潜ると本堂がありますが、今日の話はお寺でなくて、この石段を登ろうとした時発見したマンホールの蓋です。
最初に見つけたカラーの蓋です。
少し離れたところにあったデザインは同じですが少し小ぶりのものでした。
これら2枚を見つけたとき、顰蹙を買うかもしれませんが
「お寺の拝観はどうでも良くなっちゃった」・・・というのが本音でした。
一寸蛇足みたいですが、本堂です。
2009年10月01日
日本の屋根 その2
室生寺
台風で倒れた樹木によって壊れた室生寺の五重塔が復旧した・・・と言うニュースが新聞TVで流れた。
「なんとしてもこの目で見たい」・・と言うわけで、平成13年4月13日、意を決して妻と出かけました。
復旧できた五重塔を仰ぎ見たところです。

この塔からは、地味ではあるがどこか優しさを感じますね。
“女人高野室生寺”の石柱がある門

この門を潜った左側に庫裡があります。
これがその庫裡の屋根です

この腰屋根が排気の目的に作られたと考えられるのですが、妙に僕の心に残ったのでした。
これを見たとき、建築家の菊竹清訓氏の“か・かた・かたち”を思い出しました。
①“か”とは、イマジネイティブ アプローチ(構想的段階)
②“かた”とは、テクノロジカル アプローチ(技術的段階)
③“かたち”とは、ファンクショナル アプローチ(形態的段階)
と段階を経て形が決まっていく・というのだが、
この屋根を創った匠は、正にこの三段階のアプローチを経て、苦しみ抜いた中から生み出したに違いないと感じたのです。
追伸:ひょっとすると来週からしばらくブログを休むかもしれません。その時は再開を期待して貰って、しばらくまでごめんなさい。
台風で倒れた樹木によって壊れた室生寺の五重塔が復旧した・・・と言うニュースが新聞TVで流れた。
「なんとしてもこの目で見たい」・・と言うわけで、平成13年4月13日、意を決して妻と出かけました。
復旧できた五重塔を仰ぎ見たところです。

この塔からは、地味ではあるがどこか優しさを感じますね。
“女人高野室生寺”の石柱がある門

この門を潜った左側に庫裡があります。
これがその庫裡の屋根です

この腰屋根が排気の目的に作られたと考えられるのですが、妙に僕の心に残ったのでした。
これを見たとき、建築家の菊竹清訓氏の“か・かた・かたち”を思い出しました。
①“か”とは、イマジネイティブ アプローチ(構想的段階)
②“かた”とは、テクノロジカル アプローチ(技術的段階)
③“かたち”とは、ファンクショナル アプローチ(形態的段階)
と段階を経て形が決まっていく・というのだが、
この屋根を創った匠は、正にこの三段階のアプローチを経て、苦しみ抜いた中から生み出したに違いないと感じたのです。
追伸:ひょっとすると来週からしばらくブログを休むかもしれません。その時は再開を期待して貰って、しばらくまでごめんなさい。

